鷺坂(さぎざか) 勝手に命名:軍艦坂 [文京区]
護国寺のあたりを自転車で走っていたら、高台の上に家が建っているのが見えました。「あの高低差なら坂があるはず」と近寄って行ったら案の定ありました、それも見事な坂が。
●丸溝ノンスリップ舗装、そして手すり。激坂の要素をしっかりと備えています。それにしても傾斜が急です・・・
●坂碑は坂の中腹にあります。坂名の由来はちょっと込み入っています。
まずは高台の呼び名から説明します。江戸時代、下総関宿藩主・久世大和守の下屋敷があったことから、地元の人に「久世山」と呼ばれていたそうです。
大正時代にこのあたりに住んでいた堀口大学、三好達治、佐藤春夫ら詩人が山城国(今の京都のあたり)の久世の鷺坂と結びつけて「鷺坂」としたそうです。坂名がつけられたのは最近のことですが、とても由緒のある坂名なのです。
●立派な坂碑は昭和7年に建てられたそうです。「鷺坂」の文字は堀口九万一(堀口大学の父)が書いたそうです。
●坂の中腹から坂下を見下ろしたところ。赤坂の転坂(ころびざか)以上に転びそうです。手すりも年季が入っているなぁ。
●坂は中腹で直角に曲がり、さらに続きます。石垣がいい雰囲気ですね。あの曲がり角まで行ってみましょう・・・
●なんと! こんなふうになっているとは。軍艦の艦首のようですね。鷺坂というロマンチックな坂名を付けた詩人が聞いたら怒るかもしれませんが、自分はこの坂を軍艦坂と呼びたいです。
●こちらは能登の軍艦島です。似ていませんか?
●丸溝ノンスリップ舗装、そして手すり。激坂の要素をしっかりと備えています。それにしても傾斜が急です・・・
●坂碑は坂の中腹にあります。坂名の由来はちょっと込み入っています。
まずは高台の呼び名から説明します。江戸時代、下総関宿藩主・久世大和守の下屋敷があったことから、地元の人に「久世山」と呼ばれていたそうです。
大正時代にこのあたりに住んでいた堀口大学、三好達治、佐藤春夫ら詩人が山城国(今の京都のあたり)の久世の鷺坂と結びつけて「鷺坂」としたそうです。坂名がつけられたのは最近のことですが、とても由緒のある坂名なのです。
●立派な坂碑は昭和7年に建てられたそうです。「鷺坂」の文字は堀口九万一(堀口大学の父)が書いたそうです。
●坂の中腹から坂下を見下ろしたところ。赤坂の転坂(ころびざか)以上に転びそうです。手すりも年季が入っているなぁ。
●坂は中腹で直角に曲がり、さらに続きます。石垣がいい雰囲気ですね。あの曲がり角まで行ってみましょう・・・
●なんと! こんなふうになっているとは。軍艦の艦首のようですね。鷺坂というロマンチックな坂名を付けた詩人が聞いたら怒るかもしれませんが、自分はこの坂を軍艦坂と呼びたいです。
●こちらは能登の軍艦島です。似ていませんか?
2010-04-10 22:57
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こんばんは。
歴史や石垣の風情もいいけれど、ものすごい傾斜ですね。
自転車だと、登れるかはともかく下るのが怖そうな・・・カーブもあるし^^;
都内にもまだこんな坂があるのですね。
by うかG (2010-04-11 20:43)
うかGさん。
コメントの書き込み、どうもありがとうございます。
そう、そのとおりなんです!
この傾斜で、このカーブなので、下りはかなり危険です。
これまで訪れた都内の坂道では最も急なカーブです。
小径車だと前転しそうな怖さもあるので、
自分はほとんど止まる寸前ぐらいのノロノロスピードで下っています。
by hrmn (2010-04-14 22:45)